本部御殿ゆかりの地
首里・経塚・我如古に残る記憶

本部御殿は、琉球王国の王族として首里王府の政治・儀礼・文化に深く関わりました。

本ページでは、現存する本部御殿墓をはじめ、本邸跡や別邸跡、御殿井戸、公事道など、本部御殿にゆかりのある場所を紹介します。

このページで紹介する場所
1
本部御殿墓(宜野湾市指定史跡)
2
首里赤平町の本部御殿跡
3
本部御殿別邸跡と御殿井戸
4
公事道と普天満宮への道
1
本部御殿墓
宜野湾市指定史跡

本部御殿墓は、宜野湾市我如古にある本部家の墓所です。

第二尚氏王統・尚質王の第六王子、本部王子朝平を元祖とする本部家の墓で、古式亀甲墓として知られています。

『王代記』によれば、元祖・朝平の遺骨は1694年以降、首里末吉から我如古へ移されたと考えられています。

墓眉の反りやアーチ状の墓室、棚に安置された蔵骨器など、琉球王国時代の墓制を伝える貴重な遺構です。

2021年に宜野湾市の史跡に指定されました。

本部御殿墓
所在地
宜野湾市我如古
指定
宜野湾市指定史跡(2021年)
形式
古式亀甲墓
2
首里赤平町の本部御殿跡

本部朝勇・朝基が生まれた本部御殿の本邸は、当時の首里赤平村、現在の那覇市首里赤平町一丁目付近にありました。

東は蔡温邸、西は与那城御殿、北は義村御殿、南は久志御殿に囲まれ、赤平町は御殿や殿内が並ぶ首里の屋敷町でした。

本部御殿は、18世紀には龍潭に面した首里当蔵町の方にありましたが、19世紀前半には赤平町へ移っていたと考えられます。

赤平町の本邸は明治20、30年代まで存在しましたが、のちに売却され、現在は住宅地となり、遺構は残っていません。

首里赤平町の本部御殿跡周辺図
旧首里赤平村の本部御殿跡(現在の那覇市首里赤平町一丁目付近)
「戦前の赤平町民俗地図」をもとに作成。位置は概略です。
所在地
那覇市首里赤平町一丁目付近
現状
住宅地
遺構なし
関連
本部朝勇
本部朝基
本部御殿本邸跡
3
本部御殿別邸跡と
御殿井戸

浦添市経塚には、本部御殿の別邸があったと伝えられています。

その跡地付近には「御殿井戸(ウドゥンガー)」と呼ばれる井戸が今も残っています。

別邸は、普天満宮へ至る道の途中にあり、参詣や墓参の折に利用されたと考えられます。

御殿井戸
所在地
浦添市経塚付近
現存
御殿井戸
(ウドゥンガー)
関連
本部御殿別邸
屋取集落
公事道
4
公事道と普天満宮への道

経塚付近には、普天満宮へ至る古い道が通っていました。

この道は「公事道」とも呼ばれ、琉球国王の参詣にも使われた道筋です。

本部御殿墓や別邸跡は、この道と深く関係しており、本部御殿の人々が参詣や墓参に通ったと考えられます。

現在も一部の道筋や石畳が残る場所があります。

公事道と普天満宮への道
関連する場所
本部御殿墓
別邸跡
道の特徴
普天満宮へ至る古道
(公事道)
見どころ
一部に残る道筋や石畳